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エッセイ  - 出会い

- 第1回 -
  外間 則光 (ほかま のりみつ)

昭和35年(1960年)那覇市にて生まれる。
20年前に太鼓に出会う。
14年前に現在の鼓衆若太陽を統括の銘苅氏ほか15名で立上げ、事務局長となる。
昨年3月に設立された「こども文化連盟(太陽樹)」の初代理事長。
その他、てだこ祭り企画検討委員、浦添市観光協会専門委員を務める。
【現職】浦添市都市建設部下水道課勤務
東洋大学工学部卒 浦添市安波茶在住


 私が太鼓に出会って20年、小学・中学・高校と野球などスポーツしか興味のなかった私がひょんな事から出会い今日まで関わっています。

 太鼓を始めて数年後に子供たちとの出会いがあり、考え方のギャップそして私たちの思いを考えをどう伝達すればいいのか一時期は悩み苦しみ、やめてしまおうかと思ったときもありましたが、5年、10年と月日が経っていくと、その子供たちが大人になりそして親になり、

 「先輩たちが昔言っていたことが今なら解りますよ」

 「太鼓やみんなに出会ってなければ自分はどんな人間になっていたかわからなかったです」

という言葉を聞くと、理屈ではなく、一緒に楽しく遊び、そしてあるときは親になり兄弟になり先輩になり過ごしてきたことは、何らかの形で子供たちに伝わっていたんだなと思うと、私自身も成長したような気持ちでとてもうれしかった。大人と子供ではなく、同じ仲間として接することが大事なのかなと最近感じています。
 


 しかし、それも子供たちが、太鼓が好きであるという前提のもとに成り立っていると言えます。ほとんどの子供たちが大人と同じ目標に向かっているからこそ私たちの言うことに耳を傾けてくれるのではないだろうかと。

 以前、指導している子供の中に、なにかいつも自信がなさそうに且つ、やる気もなさそうな子が目に付きました。ある日の稽古のとき、「僕は本当は野球をやりたい」と指導するメンバーに訴えたようであった。その直後、母親にひっぱられて稽古場から出ていったのです。しばらくして戻って来た彼の目は何も光るものが感じられなかった。その彼にいくら指導しようが太鼓のいいところを訴えようが彼の心の中には何も入っていくことはないだろうと感じました。

 逆に、太鼓が好きになった子は、どんなに苦しい稽古をしようが、罵声を浴びせようが、教えたこと以上にどんどん吸収し、私たちの想像をはるかに超えるほど成長していきます。そして、太鼓だけではなくその他の芸能やスポーツのすばらしさにも感動し認めるようになる。そのことによって、将来の自分の仕事や趣味に誇りが持て、他人の仕事や物事を認めることができるようになるのではと思います。

 そういうことから、子供達にはできるだけ多くのものと出会い、そして経験しその多くの選択肢の中から自分の好きな道に進むべきではないかと思っています。
 


 昨年3月に設立された「こども文化連盟(太陽樹)」は、もともと違う活動内容そして違う芸能である5つの団体が一つの組織となった。最初はどうなることかと私自身も不安だらけでしたが、各団体の指導者のみなさんと出会い話しをして、一つの共通点を見出したのです。
 それは、「本当に子供達のための子供達による連盟にしたい」という熱い思いと、そして「他の団体を認め、お互い切磋琢磨して成長していきたい」という思いでした。

 これからも、この「こども文化連盟(太陽樹)」を通して、子供たちにたくさんの出会いと色々な経験をさせることにより、子供たちの瞳の輝きと、また私たち大人もその子供たちの輝きを見て感動し、そして共に活動することにより、お互いが成長させられていくことは間違いないと確信しています。
 

掲載:2007/6/7

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