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エッセイ - 空の楽しみ

機内誌

井上徹英 (いのうえてつひで)

(浦添総合病院 院長)

山口県岩国市出身 医学博士
広島大学医学部卒業後、救急医、麻酔科医として北九州の病 院に長く勤務し、平成15年に浦添総合病院に赴任。院内改修 事業や救命救急センター創設、ヘリ事業などに携わり、副院長 を経て平成20年4月に同病院院長に就任。
趣味は日韓問題研究や現代思想史研究で、猪木正道氏の評 伝などの著書がある。

機内誌

もう15、6年も前のことだろうか。自宅居間でゴロリと横になってテレビを見ていると、当時小学生だった次男が、「ああっ、お父さん!」と素っ頓狂な声をあげた。「ん、なんだ」と尋ねると、「あ、いや、何でもない」と。ひとつ上の長男が弟の声を聞きつけてやってきて耳うちされ、「ああっ、本当だ!」。

「いったいどうしたんだ」「あ、いや、気にせんで」。そう言われると余計に気になる。「どうしたの」と私。「ウーン、えっと、頭の後ろの毛が少ないと思って」。「やかましい!」。こういうことで子供に口ごもられると余計腹が立つ。

無視したくとも、やはり気なる。洗面所に行って手鏡を使ってあの角度この角度とつらづら見てみるに、確かに薄い。愕然とはなったが、いくら嘆いてもこればっかりはどうにもならない。私は後頭部からの展開型、いわゆる河童型になるとすっかり観念したものである。

その時よりずっと以前、外来診療の後にお茶を飲みながらベテランの看護師さんと髪談義になったことがある。彼女は私の毛髪をなぜながら、「こういう髪はね、薄くても意外としぶといんよ」、そして一緒にいた若い医師の頭を見て、「今はふさふさだけど、こういう髪はいきだしたら早いのよね」とのたまう。自分に都合のいいことは信じたい心理で、内心ほっとしたのをよく覚えている。それで安心して以来、髪のことはあまり気にしなくなっていただけに子供の無邪気な言動にはショックであった。

しかし、不思議なことにというか、幸にというか、少しは薄くなったかも知れないが、実のところ、五十代後半にさしかかった今もあまり変わらない。私の場合はつむじのところの髪が一部だけ少ないタイプなのだろう。くだんの当時の若き医師はというと、今は非常に危ない。

さて、機中の話である。楽しみのひとつに機内誌を読むことがある。全日空にせよ日本航空にせよ、色々と趣向をこらして機内誌を作っている。私は全日空を使うことが多いのだが、機内誌でもっとも楽しい記事のひとつは日本航空の「つばさよつばさ」である。『鉄道員(ぽっぽや)』や『壬生義士伝』などの作品がある作家の浅田次郎さんの連載だ。少々自虐ネタの感はあるが、こういうのを読むと、才能というのはかくあるものかと感じざるを得ない。抱腹絶倒軽妙洒脱な筆致はとうてい素人のおよぶところではない。

浅田さんの頭は皆さんよく御存知だろう。その彼が、この頭は自分の顔に非常によくあっていて今では風格すら感じる、とした随想には笑いをこらえるのに必死、というより笑いがこらえきれず大笑いしてしまった。周りのお客さんに不審がられたのではないかと思う。

髪の濃い薄いは生死に関係ないので笑いのネタにはなるが、男性にとっては結構深刻で、神(髪)の不公平を嘆く紳士諸子は少なくないだろう。しかし、ある意味、髪は貴賎に全く関係のない公平なものである。かのチャールズ皇太子も前からだとまさにナイスミドルだが、うしろからだと「あれっ」となってしまう。

機内誌には沖縄が取り上げられていることが多い。それだけ旅するに魅力的なところなのだろう。癒しの島を紹介している機内誌を見ながら、こういうところでのんびり数日を過ごしてみたいと思う今日この頃である。髪のためにもきっとその方がいいに違いない。


>> 【エッセイ】 空の楽しみ 第1回

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>> 【エッセイ】 空の楽しみ 第5回

>> 【エッセイ】 空の楽しみ 第6回

>> 【特別インタビュー】 救急ヘリ搬送システム「U-PITS」 2007年6月掲載

掲載日:2008/11/7

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