エッセイ - 楽あれば苦ありのイチゴ狩り |
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初夏のヤンバルはキイチゴの実りの季節だ。いつもは周りの木々に埋もれていて目立たないが、この時期、黄色い実が付くと山のあっちこっちでリュウキュウイチゴの繁茂しているのが分かる。その他にもリュウキュウバライチゴやヤナギイチゴ、ホウロクイチゴも実っていて、まさにキイチゴのパラダイスである。 リュウキュウイチゴの実は林道沿いが採りやすい。よって、林道沿いの小さな空き地に車を停めた。連れの3人(男2人に女が1人)は車から我先に飛び出し、木からイチゴをむしり始めた。そして、獣のようにうなり声を出しながら、ほおばっている。しばらくそうしていたのだが、突然、正気を取り戻し、今度はまるで何事もなかったかようにタッパーにイチゴを詰め始めた。このタッパーの半分は後でイチゴジャムにしてもらい、もう半分は泡盛漬け用にするつもりだ。 まだまだイチゴが足りない。大国林道脇の、今は誰も使っていないような小さな林道に入ってみる。ゆるい坂道をゆっくり登りながら、穏やかにイチゴを摘んでゆく。会話が弾み、おしゃべりが楽しい。 2時間近く歩いたところで道がY字状に分かれていた。そして左の道を選んで坂を登って行く。歩きながら見上げるとぽっかり空いた樹冠の隙間から赤みがかった空が見えている。日はもう西に傾いているようだ。しばらく行くと行き止まりのようになっていて、この先は樹木に覆われて見えなくなっていた。みんなで手分けして道を探してみる。…困ったなあ、どう探しても道がないのだ。ほんとに行き止まりらしい。年長の僕が一番年下の男に、「来た道を先ほどのY字路まで戻って、その片方の右の道を偵察に行ってこい」と言った。一番年下の男はその言葉を聞くと悲しそうな顔しながらダーっと駆け下りて行った。そしてしばらく経って戻ってきた。ハアハアと息を切らせながら、行き止まりだったと報告した。山の中、途方に暮れる。みんな、考える…考える…。2時間も掛けて歩いてきた道を後戻りしても途中で暗くなって身動きが取れなくなってしまう可能性が大だ。満月であればいいのだが、そんな日ではない。それも明るい内に帰る予定だったので、軽装だ。もちろん懐中電灯なんか持ってやしない。ヒューっと不気味な風が僕たちの頭上をかすめると、周りの木々たちのざわめきが激しくなった。不安だ。とにかくもう一度手分けして帰れるルートを探してみる。 一人が興奮してみんなを呼んだ。案内された場所の梢(こずえ)から外を覗くと、イタジイのモコモコっとした樹冠の波の、さらにもっと向こう側に見慣れた大国林道が見えた。 連れの女の子が両手を上げてうれしそうにジャンプする。しかし、まだまだ難問は続く。あそこに行くまでは樹木の生い茂ったかなり急な斜面を降りて行かなくてはならないようだ。当然、そこに道はない。 まず、年長の命令に従い、一番年下の男が森の中に消えていった。かなり苦闘しているようだ。しばらく待っていると、森の奥から俺に続けというような苦しそうな甲高い声がした。嫌な感じがするが、仕方がない。 縦横斜め自由奔放に成長した植物の群が前方をさえぎり、足元もおぼつかない。ハブに咬まれたくはないが、この状況では前後左右自由に首が振れなくて注意しようにもどうにもならない。何でもいいから掴めそうなものには掴まって下へ下へと降りて行く。片手に持ったイチゴの入ったタッパーが余計に不自由にさせるが、これは絶対に手放さない。 僕が足をかけた石がぐらついた。「あぶなーいっ!」と大きな声で先を行く下の人に向かって叫んだ。足の裏の感触からして、直径30 cmはあろうか、それくらいの石が下の人たちに向かって勢いよく転がっていった。僕は息を飲んで数秒間耳を澄ましていたが、悲鳴は聞こえなかったので、どうやら当たらなかったようだ。おそらく怒りの眼でこっちを睨んでいたのだろうが、日の暮れかかった森の中なので、彼らの表情が読みとれない。 斜面を降りきると川が流れていた。ヤンバルでは道に迷ったら川に出るのが一番いい。川に沿って下っていくと必ず林道にぶつかるか、あるいは人の生活圏にたどり着くからだ。 下流に向かって歩いていくと思った通りに橋の下に出た。「やったー、これは大国林道に掛かっている橋だ」。土の壁を見上げると15 mくらいの高さだが、力を振り絞ってみんないっせいによじ登った。「出たあ」。みんなの声がうれしそうだ。車のある所までこの後どれくらい歩くのか不安だったが、とにかくもう大丈夫だ。みんなは少々疲れてはいたが、もう暗くなってしまった林道を、気合いを入れ直して歩き出した。 ほんの50m程進んだところであった。ヘアピンカーブを曲がるとみんなは唖然としたのだ。僕たちを不安のどん底に陥(おとしい)れたあの名も無き林道の入り口がそこにはあった。入口と出口がほとんど変わらぬ場所だったとは、何と言う結末だろうか…。右手に持つイチゴの重みがさらに増したようだった。 |
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掲載日:2009/6/10 |