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それぞれの人生に寄り添う看取り医療とは・・・ 下地 幸子(医療法人HSR 名嘉村クリニック) ビジネス・モール うらそえ 開設満8周年記念特別企画『投稿エッセイ』「大好きな沖縄へのメッセージ」

下地 幸子 (しもじ ゆきこ)
(医療法人HSR 名嘉村クリニック)

1958年生まれ 宜野座村出身
県立浦添看護学校卒業
県立看護大学大学院博士前期課程修了
医療法人仁愛会 浦添総合病院、在宅総合ケアセンター
北部地区医師会立 北部看護学校
医療法人HSR 名嘉村クリニック(現在)
URL:http://yuinomachi.jp/?p=1113

「病院の中から地域へ」
私が患者さんの本音に触れたのは浦添総合病院勤務から同法人の訪問看護ステーションに移動し、訪問看護師として在宅ケアに参加したことがきっかけでした。

自宅に酸素を持って帰った患者さんが、「これを拒否したら退院させてもらえないと思った」とか、訪問先で関係がよくなると、「実はねー」と「入院中のあんたの言動で傷ついたことがあるんだよー」などと話してくれました。さらに「入退院を繰り返す理由はね生活を支えるため仕事を休めないからさー」と、これまでの病院の看護では見えない本音に触れることができたのです。

また、「こんな看護師は来させないで!」と上司に苦情が届いたこともあり、結果がすべて自分自身の評価として戻ってくる仕事でもありました。

当時は「死ぬ前に家に戻りたい、入院はしたくない、家で人生を終わりたい」と希望しても、今のように医師が自宅訪問するシステムがなく、かなえられないことが多かったのですが、それでも私達、訪問看護師が中心となって医師は最小限度の関わりで「本人の希望に沿う」ということを行っていました。
病院とは違う看取りのプロセスというものは、まさに「その人」の「生き様」であることを見せつけられ、自分らしい幕引きが叶えられたことへの満足からか、その微笑むような表情を私達へ向けてくれた瞬間、それまでの難儀は報われる気がしました。


手のぬくもりが言葉にならない思いを伝える

 

そして家族や仲間たちと共有する達成感は大いなる次へのエネルギーとなっていったのです。


大好きな家で孫たちに囲まれて

 

逆もしかり、意に沿わぬ支援の結果は後悔で引きずり落ち込み傷つきました。

この仕事は、相手の自宅 いわゆるアウェイで命にかかわる厳しい場面に直面したり、24時間・365日体制を保証するために体力的にも厳しいものですが、仕事への責任や役割意識を強く持つようになり、一人で立つことの大切さと踏ん張る強さを得たように思います。

思い出せば、あの頃、病院勤務から訪問看護ステーションへ移動になった直後でした。夜間、休日関係なく嬉々と働く先輩ナースへ「私は家庭を捨てることはできない」と言い放った。なんと生意気な私であったか、しかし、そこで出会った上司は寛大にも、そんな私に学ぶ機会を与え、多くのチャレンジするチャンスも作ってくれたのです。

それから1年もたたぬ間に自分は変わって行ったのです。すっかり、この仕事にハマッテしまい、気付くと 
1年後、私は訪問看護ステーションの管理者となっていました。今考えると、申し訳なくもあり、恥ずかしくもあり、又その時の上司に大変感謝しています。

その後、しばらくして私は職場を移動し、介護老人保健施設長を務め、その次に北部の看護学校教員として看護学生へ在宅ケアを教えていました。その仕事も6年で終え、次の職場を考えた頃でした。心のどこかに納得しない今の在宅医療へのやり残した想いが作用したのでしょうか、縁あって再び、現在の職場で在宅ケアにかかわることになりました。

「転機の訪れ」
医療法人エイチ・エス・アール(HSR)名嘉村クリニック(以下同法人)は浦添市伊祖で2000年12月に開業しました。睡眠時無呼吸で知られていることが多いのですが、院長は呼吸器の専門医で浦添総合病院勤務時代から在宅酸素や在宅での看取りに積極的にかかわっていました。

その方針は開業後も引き継がれ、診療後の往診等が行われているのです。また、地域のかかりつけ医療機関の役割として、在宅酸素療法中の方、人工呼吸器使用者などに特化したデイサービスを提供し、医療の側面だけでなく、社会参加や生活の質の支援も行っていました。
平成19年(2007年)在宅担当医師が着任し、本格的に在宅ケアを強化する方針が打ち出され、その翌年、私は在宅ケアセンター職員として採用されました。

「現職場での取り組み」
平成12年(2000年)にスタートした介護保険制度は、利用者本人がサービスを選択し、良質のサービスを求めることを生活に浸透させました。自己決定し、このことが尊重されるという利用者意識の変化は、医療サービスにも及び、これまで生活者の目線からかけ離れた医療者優位のサービスの考え方ではNOと言える対等な関係が目指されましたが、現実はまだ厳しい現状が続いていたのです。

これを受けて現状の改善なくして今後の発展はないとの認識のもと、医療法人HSR名嘉村クリニックでは医療スタッフを集め在宅医療サービス向上の円滑化と認識改善の議題で何度も話し合いがもたれ、同法人在宅ケアセンターの事業方針の確認がされました。

事業方針は、1つの組織で抱え込むのでなく多くの専門職が、それぞれの強みを生かして連携し、利用者の選択を全体で支える仕組みづくりを目指していくこと、在宅医療・訪問看護が必要な場合、いつでも、だれでも、どんな状況でも在宅に戻れるように努力することを当センターの役割としました。

同法人では介護保険に関連した福祉系事業は唯一デイサービスだけでしたが、他事業所との競合を避け2009年に閉じ、医療機関としての強みを生かして在宅医療・在宅看護に特化した地域貢献を目指すことになりました。


事務所外観 (港川学園通り 交差点角)

 

「2015年6月現在の事業状況」
現在、医療法人HSR名嘉村クリニックの在宅ケアセンターは、平成27年6月から浦添市伊祖にある学園通り中央に拠点を移しました。主な事業は、訪問診療や往診などの在宅医療、看護師による訪問看護、ケアマネージャーによる「居宅介護支援」事業です。

(三つの事業)

①在宅医療       医師
②訪問看護       看護師
③居宅介護支援    ケアマネージャー

「在宅医療」の事業は2人の在宅専任医師に、総合事務、看護師の体制で24時間、365日の支援の実践を行っているのです。現在の利用者は約150人、診療エリアは浦添市を中心に那覇、宜野湾、西原までです。対象は患者さんの状態に合わせて癌末期の緩和ケアや看取り、人工呼吸器管理など在宅で医療管理が必要な高齢者や小児にも対応しています。

次に、当センターでは、「訪問看護」の事業として、浦添市伊祖と那覇市おもろまちの2か所に事業所を開設しています。拠点を増やす事で、法人以外の地域の医療機関、事業所からの依頼も多く受けるようになり。連携が広がっています。現在80名近くの利用者に訪問しています。

訪問看護スタッフは現在17名、女性が多いため、家庭の都合に合わせて働き方は様々です。24時間365日の営業体制を継続するためのシフトの工夫や、呼吸器のエキスパート看護師や認知症ケアなど老人看護専門ナースを配置し、 訪問看護師が定着するための教育システムを整える努力をしています。


在宅ケアセンター職員集合

 

介護・医療の事業所が連携することで生まれる

「尊厳を尊重した素晴らしい人生の終焉」

最近では、国の方針で入院期間がどんどん短くなり、自宅以外の介護保険施設や有料老人ホームで暮らす高齢者が増えています。こうした入居施設へも診療や看護は出かけています。
施設によっては看取り対応ができず、ぎりぎりの状態で入院したり、施設を変更したりと利用者に負担を強いることが起こります。施設側は気持ち的には最後までケアをしたいと思っているが職員の配置、ケア技術等の不安から仕方がないと説明します。

そこで、介護・医療連携として情報共有システムを導入し、利用者の状態変化の報告や相談、指示内容が双方で共有できるようにしました。その結果、「最後まで自分たちがお世話します」という施設も出てきました!こうした連携で看取りに対応する事業所が増えれば、不要な入院をせずに馴染みの場所で最期まで暮らすことにつながると期待しています。

当センターでは現在、介護施設との連携が主ですが、こうした取り組みを地域にも応用し、一人暮らし高齢者や認知症高齢者等、見守り支援等に活用できないかと模索しているところです。

「結びに」
こうした事業を進める中、多くの困難が立ちはだかり、在宅ケアセンターを閉じる大きな危機にも見舞われました。そのたび、利用者や関係機関、スタッフに迷惑もかけ、叱咤激励を受けながら学びとしてきました。

それでも良い医療・看護サービスを提供し、一人暮らしでも、利用者が住み慣れた地域で最期まで暮らし続けることができるようにしたい。そして、それはサービス側の意向ではなく、利用者本人が選択し、決定する。そんな在宅支援事業を展開することが自分の役割だと考えています。

在宅医療・看護とも大切な領域と理解はしてもらえますが、そこで働きたいという専門職の確保はかなり難しい現状です。しかし、私は職員の退職等により、サービス提供体制に支障をきたすことがないよう、ここで「働いてみたい」「働き続けられる」職場づくりと、「貴方のサービスを利用したい」と言われる「質」にこだわり役割を全うしたいと考えています。

一人の医療従事者として、これが私の愛する郷土 沖縄へのメッセージなのかも知れません。

今回8周年の記念企画で参加させていただけたことに感謝申し上げます。今後とも「地域」と、「地域企業」の懸け橋として「ビジネス・モールうらそえ」がますます発展することを衷心より祈念いたします。

 

ビジネス・モール うらそえ 開設満8周年記念特別企画『投稿エッセイ』「大好きな沖縄へのメッセージ」

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