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企業特集 第21回 ー 地域医療モデルを目指し 総合医を育て 信頼と安心豊かなサービスを

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社会医療法人仁愛会
浦添総合病院
理事長
宮城敏夫さん

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地域 医療モデルを目指し
総合医を育て
信頼と安心豊かなサービスを

地域医療支援病院として、外来専門診療から救命救急センターで地域医療に貢献している浦添総合病院。

「沖縄県ドクターヘリ」の推進や「臨床研修病院群プロジェクト群星沖縄」に参加するなどより地域に根ざした医療の提 案や若手の医者を育成する役目も担っています。

創立30周年を迎えるにあたり宮城理事長に病院への思いを語っていただきました。


医者の哲学から、命を尊ぶ
救命救急の必要性を実感
患者と医者、病院のバランス

「医者の哲学を伝えたいのだ」と、宮城理事長はつぶやいた。「あなたに命を預けている人がいる」といってからひと呼吸おき、「自分の命、親の命、子どもの命、他人の命。……命に向かう気持ちは同じだ。その思いを抱く姿勢を、若い医者に見せたい。『その哲学、わかった』という者が、医者として飛躍する」

この思いは救命救急医療にも通じているのだという。宮城理事長 は「救命救急医療は必要だ」と、静かながらも強い意思をにじませた。

日本では病院現場の過酷さから、医療従事者が不足だと騒がれて久しい。救急を受ける厳しい現実が続く現場は、そのハードさや理不尽さ、医療への情熱を混ぜ合わさり、テレビドラマでも描かれ話題作が続くほどだ。

「時代が、身を護る医者をつくるようになってしまった。これはものすごく不幸なことだ」宮城理事長 は、矛盾も正直に言葉にしてくれた。「救急や外来 患者を助けたいという思いから、全ての患者様を受け入れるだけでは、医療の現場が混乱する。患者は待ち時間が長いと滅入る。医者は医者で、飯を食う時間も なく、診療を続けなくてはいけない。医療の現場が殺気立ってしまう。これでは地域医療に貢献することが難しい。また、病床不足という問題もある」

そうした状況の中から、急性期医療に専念し、地域支援医療病院として共同診療をスタートした経緯がある。「患者を診、医者を守る。そのバランスを取ること が必要」と、救急および紹介患者は診る、慢性疾患は地域医療に振り分けるなど連携・共同診療を行っている。

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現在、浦添総合病院は浦添地区を中心に、那覇や宜野湾など広範囲の医療をカバー。「総合病院として地域のニーズに合わせて、社会的使命を果たしたい」と語る。

また、「救命救急には、いろんな症状の患者さんが来る。その全ての症状に対応できる、専門の知識による診察が必要」という。「救急たらいまわしなどがニュースになった。なぜ、そういうことが起こってしまうのだろう?それは医者が足りないから。医療のひずみを変えていかなければならない」

宮城理事長 の思いは、未来へ向け患者と医者、それぞれの状況にバランスのいい医療現場へと向かう。

地域医療に貢献できる医者を育てる
「群星沖縄」の役目
医者の哲学を伝えていく

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宮城理事長 は、「医者が足りないのは、教育制度にも問題があるなぁ…」とこぼした。専門医というスペシャリス トを育てることに躍起になり、総合医育成をおざなりにしてしまったと感じているという。「都会にはいいが、地方での地域医療を支えていくには総合力が必要。急患にはあらゆる症状の人が、救いを求めてやってくる。特に小さな離島で形成される沖縄では、総合的に診ることができる医師が必要だ」

また、宮城理事長 は「医者になりたいと思っている者は、総合的に勉強したいと思っている。その意欲に対しても応えたい。総合的に診て、それから真の スペシャリストは生まれると思う」と語る。

そこで、「総合医を育てたい」という熱望とマッチングし、医師の臨床研修病院に指定され、医師育成をスタートさせた。29の施設による「7基幹型臨床研修病院群プロジェクト『群星(むりぶし)』沖縄」にも参加、そのきら星のひとつとして研修を行っている。群星7つのコンセプトを準拠した内容研修のほか、中部病院の宮城征四郎先生(群星臨床研修医センター長)による教育回診も行っている。さらに世界から講師も招聘し、研鑽に努めている。これまでに、全国から研修医を公募、6年連続フルマッチの実績も残した。

そうした研修を通して「医者の哲学を伝える」。群星沖縄の研修制度実施には、そんな宮城理事長 の思いも込めている。

「今の若いのは、すごいんだ」語学の堪能ぶり、学ぶ姿勢には、感銘を受けることも多いそうだ。理事長 自身の哲学は、さらに深まっているのかもしれない。

ドクターヘリに出会った25年前
赤字覚悟で導入に踏み切った、その理由

さて、浦添総合病院といえば「沖縄県ドクターヘリ」で、沖縄の中南部圏・離島の医療を支えてもいる。ドクターヘリは、医師および看護師が搭乗して救急現場に出動、救命率の向上と後遺症軽減を図るのが目的だ。航空自衛隊機との違いは、医療従事者が搭乗すること。搭乗中に治療を行えることは、患者の負担を軽減するためにも役割が大きい。

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U-PITS

浦添総合病院は、平成17年に救急ヘリ患者搬送システムU-PITSとして運航していた。

その実績を認められ沖縄県知事より受託し、平成20年からは全国14都道府県15 機目のドクターヘリとして運航している。

しかし、なぜ、浦添総合病院がドクターヘリなのだろう?

宮城理事長 は、25年前の出会いを語った。「川崎医科大主催で、救急医療学会が開催された。そのときにヘリのデモンストレーションなども行われており、これはすごい!ドクターヘリの時代は遠くないと感じた」という。ドクターヘリやドクタージェットなどもあり、医療界の進歩を目の当たりした宮城理事長 。離島県の沖縄に、ドクターヘリの必要性も強く感じたそうだ。

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それから歳月は経つつも、前院長の尽力などもあり、敷地内制限という制約の中でU-PITSが始動。「約3年半の間、辛かったが運営費は全て、浦添総合病院が負担したんだよ!」と笑い、「当然、赤字覚悟だった」と、当時を振り返った。

沖縄県は、本島以外に39の離島があり13万人が暮らす島嶼地域である。しかし医師不足などから診療所がない島もあり、離島における救急医療は深刻な問題になっていた。

以前より、都市部と離島・過疎地の医療格差が社会問題化しており、医療に携わる仁愛会には、この状況を少しでもよくするための行動と、行政への働きかけをする責任があった。「U-PITS はそうした社会的責任を果たすための理念に基づいて行なっていたんだよ。」

「赤字覚悟。でもね、絶対に患者を見放してはいけない。救急ヘリ患者搬送システムU-PITSは、社会に認められ、医療に還元できると信じていた」

U-PITS時には、離島から患者を搬送。そして「家で死にたい」という思いに応え、家路への帰宅の手伝いをしたこともあるという。「ヘリで送るなんて、本当はあってはならないんだけどね。でも、健やかな医療=治療のなかに、その方の症状の場合では健やかな死に場所があってもいいよね」

穏やかな死を想像した。そして無謀にも、掟破りをしてヘリを動かした宮城理事長。失礼ながら、チャーミングな人だなぁとしみじみとした。

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平成17年8月~平成20年の11月30日までの搬送件数は703件(705人)その実績が認められ平成20年12月1日より沖縄県第一号のドクターヘリ として運行を開始した。

へき地医療や災害医療にも貢献
社会的使命を果たす

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平成20年12月1日 浦添総合病院が運営するドクターヘリ が運行開始

ドクターヘリは、消防や離島診療所の医師などからの要請で、読谷ヘリ発信基地より出動。徳之島や沖永良部島、久米島など周辺の島々に出動し、浦添総合病院ほか病院へ搬送。

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また、ほかにもへき地医療を支えるため、久米島に放射線技師を派遣。

災害医療にも対応し、要請があれば災害医療チームを派遣する態勢が整っている。

連携事業が医療核になると捉え、カルテの情報共有なども進めている。救急および院内での共有のほか、開業医など地域医療支援医院とも連携をしていきたい考えだという。

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小児科医療に対しても、救命救急および託児医療なども重要と考えているという。平成19年には「小児デイケアもこもこ」も開園した。浦添市から病児・病後児保育事業として委託も受けている。

「院内保育も開園した。小児デイケアを充実させていくこと。子育て環境整備のモデルとしても示さなければならない」

宮城理事長 は「社会的使命を負って、社会に貢献していかなければならない」と、繰り返した。「時代の流れとともに、医療への期待や希望が変わり、医療の現場も変わっていくだろう。その社会に順応しながら、我々の然るべきことを行っていきたい。みんなの暮らしが守られている、その安心感を支えたい」

豊かな暮らしにするために、地域医療で支える必要性を、宮城理事長 は何度も説いた。

おやじとおふくろの夢「慈善病院」
胸に抱いて、一生懸命やるだけ

地域医療のために、ひたすらに邁進し続ける浦添総合病院。そして宮城理事長 。なぜ、そこまでひたすたに突き進めるのか?その問いには、あっさりと答えられた。

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「医者はこんなもん。これでいいんじゃないですか?医者だもの、仕方ない」

欲は消えたという。だから、それでいいのだ、と。医者の使命感がある、それだけだ、と。

宮城理事長 の原点は、お父様にあるらしい。お父様は名護市出身で、職業軍医を経て、奈良県のへき地医療に従事。周辺は無医村で、遠路からも重症患者 がリヤカーに乗せられ搬送されてきたという。差別や偏見もなく、貧困者で治療費が払えないかもしれないにも構わず、みな平等に診ていた姿 もよくおぼえているそうだ。

「おやじの手術の様子を、戸の隙間から覗いたなぁ」と懐かしみ、「小さな頃、村長さんに『とし坊、来い!』と呼ばれては、おやじの逸話を聞かされたよ」と、思い出話。「おやじの姿が医者の原点かもしれないな」と語った。

奈良医大を卒業後、奈良県桜井市の病院で勤務。海洋博時に厚生省の公募による保健医として来沖、県立那覇病院に籍を置いた。

「うちのおやじが、おふくろによくいっていた夢の話がある。将来、沖縄に慈善病院を作る。その話が頭に残っていたんだなぁ」

沖縄に救急病院がない。県立那覇病院に来る浦添周辺の人は重症化している。そんなことを肌で感じ、当時、浦添の未開拓地であった場所に総合病院を作る決意をしたのだそうだ。

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キビ畑とススキ原だった病院敷地
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基礎工事 昭和55年5月
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病院開院一周年 昭和57年

「救急医療のもとはおやじ。……実は、おやじは厳しくて、大嫌いだったよ。でもなぁ、あちこちで聞くおやじのエピソードで、おやじのすごさを思い知らされたなぁ」

宮城理事長 が子どもに戻る。そして続ける。「私が持っていたのは、医者の使命感だけ。それしかないのだから、仕方ない。おやじとおふくろがいっていた『慈善病院』。この言葉は、ふとした瞬間に思い出し、自分を奮い立たせてくれる。今、理事長という立場になっていることは、ありがたい。やる以上は、一生懸命たる。それだけだ」

社会医療法人仁愛会  浦添総合病院

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