HOME > 特集 > こころのオアシス > ~ありがとうメッセージ~ 池村 みどり(浦添市社会福祉協議会 浦添市障害児通所支援事業所「たんぽぽ園」主査) ビジネス・モール うらそえ 開設満10周年記念特別企画『投稿エッセイ』「“ありがとう”と伝えたい」

~ありがとうメッセージ~ 池村 みどり(浦添市社会福祉協議会 浦添市障害児通所支援事業所「たんぽぽ園」主査) ビジネス・モール うらそえ 開設満10周年記念特別企画『投稿エッセイ』「“ありがとう”と伝えたい」

池村 みどり (いけむら みどり)
( 社会福祉法人 浦添市社会福祉協議会 浦添市障害児通所支援事業所「たんぽぽ園」主査)

平成9年年度 社会福祉法人 浦添市社会福祉協議会 浦添市心身障害児親子通園「たんぽぽ園」保育士採用
平成15年度 総務課総務係主任
平成18年度 港川中学校区地域保健福祉センター所長
平成22年度~25年度 福祉サービス課 子ども支援係 係長
平成26年度 福祉サービス課 子ども支援係 浦添市障害児通所支援事業所「たんぽぽ園」主査
平成28年度 地域福祉推進課コミュニティソーシャル事業係長
平成29年度 浦添市障害児通所支援事業所「たんぽぽ園」主査

私の祖父は、明治生まれでとても頑固者でしたが、壊れたものをつくろい、直したりする「修理」が得意な人でした。

当時、私の育った田舎では、可愛い外履きが流行し、友達が履いているのを見て島草履(しまぞうり)を履いている私も、外履き欲しさに祖父におねだりしたところ、「まだ履けるのだから、我慢しなさい」との返事に「やっぱりか」祖父がすんなり買うわけがないと子ども心ながらにそう思いました。

ならば「壊してしまえ!」と悪知恵が働き、草履の鼻緒を折り、鼻緒が折れたことを祖父に話すと「そうか」と。「修理は任せておけ」と言わんばかりの自身たっぷりの返事でした。予感は的中し学校から帰宅すると祖父な満足気に「直ったぞ」と私を出迎えてくれました。

折れた鼻緒に釘を刺し込み固定し、見た目は何ら変わらないが、地面にカツカツと音がなり何とも履き心地の悪く、子どもながらに恥ずかしい思いをしながら履いていたのを今も覚えています。

そこで、納得のいかない私は次の一手を考え、島草履の先端部分を折って、祖父に折れたことを話し学校へ。学校から帰宅すると嬉しそうに出迎える祖父、先端部分の折れた部分を針金で縫い、見た目も悪く、どうやら祖父の頭の中は、今、流行りの外履きを諦めさせ、修理で済ませようという意図が見え見えでした。

諦めかけたその時、一瞬、頭に浮かんできたのが「壊してダメなら、なくしてしまえ!」とさらに悪知恵が働き、収穫時期を迎えた自宅前のキビ畑に思いっきり投げ捨てました。なくした事を祖父に話し学校へ。外履き欲しさに苦労に苦労を重ね、やっと買ってもらえるものと胸を躍らせながら帰宅するとなんと、自宅前のキビ畑がきれいさっぱりと刈りとられ、おまけに畑から草履を発見したのは、こともあろうに祖父でした。

土で汚れ、シミがついた状態で見た目も悪く、結局私は、外履き欲しい一心に挑んだ祖父との知恵比べに負け、これまで行った一連の行為は全て水の泡に帰し、渋々、この島草履が擦り切れて修理が効かなくなるまで履き続ける羽目になりました。
今になって思えば、私は祖父との知恵比べに敗北はしましたが、生きるための「術」を学んだような気がします。ありがとう。おじぃー。

ありがとう2人目は、祖母です。時に厳しく、時に優しく、私にとっては人生の師でした。祖母の話す言葉には重みがあり、地域の伝統的行事に仕えていた祖母は私を含め地域の方から熱い信頼を得ていました。

その祖母も今年で101歳を迎えます。幼少時期から成人に至るまで、私を支え、精神的にサポートをして下ったことに感謝です。 本当にありがとう。おばぁー。

人生には、ターニングポイントがあると言われていますが、私のターニングポイントは、高校1年生の時です。ある先輩に憧れ弁論の世界へと足を踏み入れました。そして、ある先生に出会い、私の人生が大きく変わりました。

NHK青年の主張全国大会に九州・沖縄代表として出場することになったのです。NHKホールの舞台の大きさにも驚かされましたが出場する皆さんの主張が素晴らしく圧倒されっぱなしでした。

本番では、天皇両陛下や皇太子徳仁親王もお見えになられ、また大会終了後は、会食も用意され、美智子皇后様や浩宮皇太子様からいくつか質問され、田舎者の私は失礼な発言をしたにも関わらす、暖かな表情で微笑んで下さったことを今でも覚えております。

結果は特別賞。その後、「全国手話による大学生、高校生による大会」に出場しました。文仁親王妃、黒柳徹子さんも関わりの深い大会で一番良い賞も頂くことができ、ありがたい経験を沢山させて頂きました。田舎でもちょっとしたニュースになり、私自身がこの状況を受け止められる事が出来ず卒業と同時に逃げるように県外へ。

あれから30年(きみまろさんのフレーズのよう・・)私は今、福祉の現場で働いております。

あの時、憧れて弁論の世界に入るきっかけとなった先輩、そして、厳しく指導して下さった友利吉博先生に感謝です。地元でも有名な先生は、今でも私の師匠です。
私の人生の中で最も貴重な経験でした。本当にありがとうございました。

県外の短大へ行けたのも短大からの免除のお話と私の記事を読み、東京の不動産社長さんが毎月仕送りして頂いたおかげで私は無事に卒業することが出来ました。本当に感謝しかありません。社長さんは残念ながら3年前に他界されましたが奥様とは今でも親しくお付き合いをさせて頂いております。

この世に生を受け、両親はもとより祖父母、先生や先輩たち、そして主人や息子、これまで出会った方々に感謝です。

私は、これまで出会った方たちから多くの言葉を教わりました。

沖縄には、黄金言葉で「言葉、銭使」(くとぅばや じんじけー)=言葉使いは、お金を使うように大事に使いなさい。まさにそのとおりだと思います。人を活かすも傷つけるのも言葉ひとつです。

物の豊かさだけに目をとられるのだけではなく、日常の何気ない生活を楽しみながら自分自身の心にゆとりを持ちたいものです。

ビジネスモール開設8周年の際もエッセイを描かせてもらいましたが、今回は10周年にあたり、平良さんから「ありがとう」のお題を頂き、私のこれまでの事を描かせてもらいました。この機会を与えてくださった事に感謝申し上げますと共にこれからもこのサイトが情報のツールとして、又、多くの方々の心に残るサイトになりますように祈念申し上げます。

 

ビジネス・モール うらそえ 開設満10周年記念特別企画『投稿エッセイ』「“ありがとう”と伝えたい」

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