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STAP細胞の論文疑惑と幽霊


– 第5回 –

安里 進 (あさと すすむ)
(沖縄県立博物館・美術館館長)

1947年旧首里市生まれ。
琉球大学卒業後、民間会社勤務をへて大阪府教育委員会文化財保護課に就職。
その後、浦添市教育委員会に転職。2003年から同文化部長。2006年9月退職。
同年10月~2013年3月まで沖縄県立芸術大学教授。
2013年5月 県立博物館・美術館館長 に就任。

涙ぐみながら記者会見に臨む小保方晴子さん。けなげな姿に同情した人は多いだろう。理研(理化学研究所)の「トカゲの尻尾切りだ」と怒った方も少なくないと思う。ところが、多くの科学者は彼女に批判的だ。いったい彼女の何処が問題なのか?

私は、大学の歴史専攻学生を相手にした琉球史の授業で、参考書に中谷宇吉郎『科学の方法』(岩波新書)をつかっていた。この本は理系学生の必読書だが、歴史研究の基本である「実証する」ということを理解するうえでも必読書だと考えたからだ。

中谷はそのなかで、幽霊を例にあげながら、科学的な「実証」つまり「本当のこと」とは「再現可能であること」だとくりかえし述べている。幽霊は、古今東西たくさんの人が見たといっている。その存在を信じている人は今も大勢いるが、だからといって、幽霊の存在が科学的に実証されたわけではない。

一方、科学者は、たとえばプロメチウムという希土元素を誰一人として見たことがないのにその存在を認めている。重力も見ることはできないが、万人が存在を信じている。幽霊と何がちがうのか。幽霊は、一定の条件を準備すればいつでもどこにでも必ず現れるというものではない。つまり、科学的な再現性がない。これにたいし希土元素や重力は再現可能な存在なのである。

科学でいう再現性とはどういうことか。小保方さんのチームが、STAP細胞を作ったと発表した論文で説明しよう。この論文を読んだ科学者は、同じ実験装置をつかって論文どおりの条件で再現できるか実験する。複数の科学者が再現に成功したときにSTAP細胞は「本当に存在した」ことになる。しかし、ほとんどの科学者は同じ実験装置をもたないので、論文を読んで自分も同じ装置をつかえば再現できると「確信」した時に、STAP細胞は「本当」だと「信じる」ことになる。ところが、STAP細胞の論文をめぐっては、疑惑が噴出し大騒動になっている。

問題点は2つだ。①は、ほかの科学者がこの論文と同じ手順で実験したが再現できないという問題だ。小保方さんが「200回以上成功した」「STAP細胞はあります!」といくら主張しても実証されたことにはならない。STAP細胞が実在するか否かは、いろいろな研究者や機関が追試を重ねることで白黒が判明するだろう。②は、この論文の小保方さんの担当部分に「改ざん」と「捏造」があると、理研から判定された問題だ。ほとんどの科学者は、小保方論文を読んで「信じる」かどうか判断するので、論文の核心部分の写真に「改ざん」と「捏造」があったとなると、彼女は世界の科学者を騙そうとしたことになる。

小保方さんは、「改ざん」とされた画像の加工に「悪意はない」と主張しているが、そもそもこのようなことは、客観性を徹底的に求める科学論文ではやってはいけない基本的なルールだ。悪意があったかどうか以前の問題で、彼女はそのことを認識できていない。

「捏造」に対する小保方さんの弁明は、文科系の私でも承服できない。学術論文を書く者からみると、別の条件で実験した画像を、「単純ミス」で取り違えるとは到底考えられない。研究者は、論文に掲載した画像をしっかりと記憶している。これが博士論文に掲載した画像となるとなおさらだ。読者に論文を信じ込ませようという作為があったと言われても仕方がない。本当に単純ミスならば、彼女は科学論文を書く能力に欠けていることになり、科学者としては信用に値しない。

しかし、この問題の原因は小保方さんの「未熟さ」だけではない。若い研究者ということを考えると、先輩格の共同研究者の責任は重大だ。彼らが小保方さんの論文を原稿段階できちんとチェックしておれば、こうした問題は防げたはずだ。また、未熟な研究者をユニットリーダーに抜擢した上司の責任、これを承認した所長の責任も問われるだろう。論文のルールも知らない者に博士号を与えた大学にも問題がある。STAP細胞論文疑惑は、理系・文系を問わず修士号や博士号を乱発してきた日本の大学教育の問題を象徴していると思う。

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