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~浦添の海にありがとう~ 鹿谷 麻夕(しかたに自然案内 代表) ビジネス・モール うらそえ 開設満10周年記念特別企画『投稿エッセイ』「“ありがとう”と伝えたい」
鹿谷 麻夕 (しかたに まゆ)
1968年東京出身。文系の大学を卒業して社会人になった後、改めて琉球大学理学部海洋学科に入学、海の自然を学ぶ。東京大学大学院理学系研究科博士課程中退。沖縄に戻り、2003年よりしかたに自然案内として、県内における海の環境教育と環境保全活動を行う。 |
「沖縄の海」と言って本土の多くの人が思い浮かべるのは、エメラルドグリーンのサンゴ礁と白砂のビーチ、そこに沈む美しい夕陽の眺めでしょう。そのイメージにぴったりの海辺があり、リゾートホテルが立ち並ぶ恩納村は、沖縄観光の中心地となっています。
そんな素晴らしいロケーションは、恩納村だけなのでしょうか? もちろんそんなことはありません。中南部の西海岸でも、かつては同じ景色が堪能できました。しかし戦後、北谷町以南ではサンゴ礁の多くが埋め立てられ、土地として利用されるようになりました。海岸線が一直線のコンクリートでは味気ないので、現在では失われたビーチを人工的に作って、海辺の景色が創出されています。
ただ、人工的に作られた海岸線やビーチはどこも似たり寄ったり。美しく整備されても、その土地らしさはどうしても薄れてしまいます。また、自然の砂浜やサンゴ礁の浅瀬(イノー)に暮らす生き物たちの姿は、そこには見られません。
さて、浦添の西海岸はどうでしょう。グーグルマップの空中写真で、沖縄本島の西海岸をたどってみてください。西洲から那覇市に向けての南側の埋立地と、牧港から宜野湾市に向けての北側の埋立地に挟まれて、美しいサンゴ礁地形がぽっかりと残されているのが分かります。長さ約3km、幅約1kmにわたる、ありのままの「沖縄の海」が保たれているのです。
キャンプキンザーに海沿いをフタされた格好の浦添市は、市民の海辺へのアクセスが大きく制限されてきました。市民が日頃から関わることのできない海への関心は、どうしても薄れます。そうして、海に出られるごく一部の地域と、それを知るごく一部の海好きを除いて、ここは忘れられた海となっていたのかもしれません。
しかし、この10数年で、浦添の海に対する人々の意識が目覚め始めました。その一番の立役者となったのが、港川自治会を中心とした里浜活動と、港川小学校による海の環境学習の取り組みです。
カーミージーの岩からの眺め |
浦添市西海岸の北側に位置する通称「カーミージー」の岩は、この海のシンボル的な存在です。この周辺に広がるイノーを「カーミージーの海」として、まちおこし的な視点で人々と海との関わりを取り戻す「里浜活動」が、2005年頃から港川自治会を中心に行われてきました。
カーミージーの岩 |
かつては貝やウニがたくさん採れ、現在でもアーサが豊富に生えるこの海は、戦後の食糧難の時代に海の恵みをもたらし、子どもたちの遊び場やおやつを得る場でした。そして美しい夕日の眺めは、心の癒しにもなったことでしょう。
カーミージーの周りの海草藻場 |
大きなクモガイ |
里浜活動は、かつての海辺と人々の暮らしとのつながりを現代的な形で取り戻し、私たちの生活をより豊かなものにしていこうという取り組みです。そのために、まずは海に出かける機会を作って海と親しみ、また海の自然を学ぶことで、海の利用と環境保全の両立を目指そうとしています。
これまでに、海の観察会、体験追い込み漁、浜下り行事などから、海を考えるフォーラムやセミナー、自然ガイドの養成講座まで、幅広い活動が行われています。
港川自治会主催の体験追い込み漁 |
浦添市民里浜フォーラム |
この里浜活動と両輪のように行われてきたのが、港川小学校4年生における環境学習「カーミージー探検隊」です。
事前の学習会 |
待ちに待った観察会 |
先生方の尽力と、自治会の全面的な協力の元、2回の学習会を経て海の野外観察を行い、調べ学習の後に壁新聞を作成、それを3年生に向けて発表するというスタイルで、2006年からもう12年間継続されています。
カーミージー探検隊 |
ナマコつかまえた! | フトユビシャコをみつけたよ |
毛深いケブカガニ! | きれいな砂地にダルマガレイの仲間! |
観察会の最後に子ども達から様々な質問と報告がありました。 |
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子ども達は港川小学校へ戻り、4年生は観察会の体験を壁新聞にまとめ 3年生に向けて発表した。 |
私は毎年、観察会とその前後の学習に関わってきましたが、およそ1ヶ月間に及ぶ学習期間を経た子どもたちの言葉からは、地域の海が好きになり、自然を大切にしようという心の深まりを感じます。それはつまり、地域への愛と理解を育むことに繋がっていると思うのです。
銘苅自治会長と地域の学習(港川中の生徒さん) |
この活動はさらに発展し、現在では6年生全員が、さらには教員研修として先生方全員が、この海でカヌー体験をするところまできました。
カーミージーの海は浅く広いのが特徴で、カヌー遊びには最適です。カヌーは海を全く傷めず、生物にも影響のないレジャーとして、浦添の観光プログラムとしても非常に有望なツールになると思います。
港川小学校教諭全員がカヌー体験にチャレンジ! |
さて、そんな地域の人々の海への取り組みが、社会を動かす力になりました。
浦添市には西海岸開発計画があります。まずは国道58号線の渋滞解消を目的に、西海岸道路の建設が決まりました。当初、海岸線を一直線に埋め立てて道路を作る計画でしたが、港川自治会では、自分たちが里浜として利用し、また小学校の子どもたちが学習に使う海辺を残してほしいとの思いから、市や関係機関と話し合いを重ねました。その結果、計画は変更され、道路の北側部分では海岸線の形を残し、道路を橋梁化することになったのです。現在、橋はほぼ完成し、平成30年度には開通する見通しです。
港川自治会と、港川小学校の子ども達の里浜活動が 西海岸の埋め立て道路計画を 橋梁建設へと変えさせた。(完成した橋梁道路) |
埋め立てを橋梁に変えると、何倍もの工費がかかります。それをしてでも海岸線の埋め立てをやめたのは、自治会と小学校が継続的に海と向き合い、海から学び、現代における新たな海の価値を示してくれたおかげです。もちろん、橋桁が立ち並ぶなど、自然環境がそのまま無垢に残されたわけではありません。しかし、社会の利便化を図りつつ、これからも地域が里海として利用し、将来の子どもたちが海を学ぶ場を残そうという思いが、行政の計画を動かしました。これは画期的なことです。
そしてもう一つ、非常に画期的な動きが、浦添市で始まっています。国内でも例を見ない「里浜条例」を市が制定しようというのです。実は、これも港川自治会の要望から始まり、その努力がようやく実りを迎えようとしています。本来、海というのは誰の所有でもありません。そのため、かえって無節操な利用につながる一面がありました。そこで、せっかく地域で自然を残す努力をした海を、行政が「里浜」として認め、内外に示すことで、「地域で守りながら活用する海辺」という位置付けが明確になります。それは、将来の永きにわたり、この海を残していくんだという宣言でもあるのです。
私は琉球大学の非常勤講師として、海の環境問題の講義を持つことがあります。そこで環境学習の事例として港川小の取り組みを紹介したところ、今年、1人の学生が声をかけてくれました。「私は港川小の卒業生で、カーミージー探検隊をやりました!ナマコを触ったり、楽しかったのをよく覚えています。」そう、10年前の授業を、まだ覚えていてくれたのです。
そして、この取り組みを最初に受けた子どもたちはもう大学生、成人に達しました。継続は力なり!地域の海を学んだ経験のある子どもたちが、社会を担う年齢になりつつあること。そして、里浜条例により、地域の海を地域が守るという理念が社会の中で広がり定着していくこと。これは、浦添市の環境保全の将来像に、大きな光をもたらしていくのではないかと思います。
これまでたくさんの方々の努力により、自治会と学校の活動が支えられてきました。また、市や西海岸開発の関係機関とも、時には意見がぶつかりながらも、お互いの考えを伝えあい、立場を尊重しあってここまできました。関係した皆様全員に、私は心からの感謝の気持ちを持っています。そして、何より素晴らしい体験をさせてくれる浦添の海に、「ありがとう」といつも心の中で伝えています。
私たちが海を眺める時、海も私たちを見ています。海は「わたしをどういうふうにしていきたいの?」と私たちに問うているような気がします。たくさんの恵み、楽しみ、癒しを与えてくれる海に、私はできるだけの感謝で応えていきたいし、そのためにできることを、これからも続けていこうと思います。
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